愛しているからこそ、

許せなかった。

愛しい人達の

裏切りが。

自分の傍から

離れるのなら

いっそ

殺してしまおう。

そのくらい、

憎んでいた。

・・・愛していた。




夕暮れ。

「申し訳ありませんが、一晩泊めて頂けないでしょうか?」

一組の男と女が木戸を叩く。

辺りに小さな小屋以外に民家は無く、木戸を叩く音がやけに大きく辺りに響いた。

「実は夜盗に襲われ、難儀しているんです。お礼はいたします。どうか・・・」

心底困り果てた二人に宿主は同情したのか、木戸が開かれた。

明るい蝋燭の灯りが薄暗くなった外にほんの少し漏れる。

「それは困ったね。どうぞ、入って。一人暮らしだから、何のもてなしも出来ないけど、雨風くらいなら防げるよ」

中から姿を現したのはまだ十代と思われる少女が一人。

背中まで伸ばした黒髪を緩く束ね、淡い桜色の着物を纏った少女は快く二人を招き入れる。

「ありがとうございます」

深々と頭を下げ、二人は少女に誘われ、炉端に上がる。

「災難だったね。この辺は物騒だから、旅人は避けて通るのに。何だってあんた達はこの道を通ったんだ?」

二人に茶を出しながら、少女は呆れ顔で尋ねる。

「どうしても、一刻も早く村に帰らなければならなかったんです」

今まで俯き加減だった女が初めて顔を上げて話す。

「父が亡くなる前に祝儀を挙げたいんです」

青白い顔は夜盗に襲われた時の恐怖が残っている所為か。

二十代前半の女はそっと、隣の男を見る。

「彼女の父親、最近体を壊してしまいまして、早く孫の顔を見せろとせっつかれてしまって」

男も女に視線をやり、照れたように笑う。

「そぉ、それじゃぁ、急がないとね。あぁ、名前、聞いても良い?一晩の付き合いだけど、名前知らないと色々不便だから。あ、私はあや」

「徹と言います」

「夕樹です」

「…敬語もいらない。だって、私より、年上でしょう?」

あやはくすくすと笑い、二人を見つめる。

「…そう、なの?」

「私、16だよ」

夕樹に笑いかけながら、あやは立ち上がる。

「夕餉の用意してくるから、適当にくつろいでいて」

ぱたぱたと裏戸へと向かい、木戸の閉まる音が炉端に響いた。

「徹さん」

少しの沈黙の後、夕樹は恐る恐る夫となる男へ話しかけた。

「あのコ、華に似てない?」

「…似てるな。初め見た時、驚いたよ」

徹は出された茶を飲みながら、小さく溜め息を付いた。

「まさか、本人じゃ…」

「馬鹿言え。華は俺達と同い年だぞ。生きていれば、22だ」

「でも」

どこか不安そうな表情を浮かべる夕樹に苦笑し、徹は夕樹の頭を撫でてやる。

「…あいつは、俺達の前から姿を消した。それも、自分の意志で。俺と、お前を裏切って。あれから、もう8年たった。…もう、忘れてもいいだろ?」

「そう、ね」

未だ不安の色を残しながらも、夕樹は笑みを浮かべる。

「しかし、運が無かったな。盗賊に襲われるなんて。確かに物騒だとは聞いていたが」

「あのコ、一人でこんな所に住んでいて、大丈夫なの?」

「そう言えば、そうだな」

少女は、この辺は物騒だと言った。

そんな場所に住んでいる彼女は不安ではないのだろうか?

自分たちはこの場所の近くで襲われた。

盗賊達がこの少女の家に気が付かないわけがない。

そんなことを考えていた徹は一瞬不吉な考えを思い浮かべた。

「もしかしたら、仲間…とか?」

夕樹の言葉は徹も考えていたことでもあり。

重い沈黙が二人の間に落ちた。

「大丈夫、よね。あのコ、仲間なんかじゃないわよね」

小声で話しながら、夕樹は徹に縋り付く。

「大丈夫だ。一応注意するには越したことはないと思うけど、あのコは安心しても良いと思う。俺の感だけどな」

小さく笑い、夕樹を安心させる。

夕樹は幼い頃から怖がりで、いつも自分達の後ろを怖々と付いてきた。それは大人となった今でも変わらないらしい。

否。夕樹は変わった。

徹はそう思っている。

華が居なくなってしまってから、ますます、恐がりになってしまった。

「華に似ているんだ。悪人ではないだろう」

夕樹は華の幼なじみで、親友だった。

夕樹にとって、誰よりも信頼していた人間だったとも言えるだろう。

「そうね。そうよね」

華がいなくなって、夕樹は気落ちし、一時期寝込んでしまう程だった。

8年の時をかけて、やっと立ち直った。

やっと、前を向いて歩けるようになった。

「村まで、あと少しなんだ。早く帰って村のみんなを安心させてやろうな」

「そうね」

囲炉裏の火を見つめ、夕樹は小さく笑った。






「お二人さん。夕餉出来たよ。あ、好き嫌いは受け付けないから」

盆の上に白米や、汁物、近くで採れたと思われる山菜の煮付けを乗せ、炉端に上がる。

「本当に大した物、ないけど」

そう苦笑し、あやは箸を並べる。

一人暮らしのはずなのに、出された箸は三膳。

不審に思った徹と夕樹は互いの顔を見つめる。

それに気付いたのか、

「この箸は、私の待ち人の物だよ」

夕餉を並べながら、あやは苦笑した。

「こんな物騒な場所にいるのは、待ち人がいるから。大切だった、人達をまっているか ら。箸はその人達のために用意しているんだ。だから、遠慮なく、使って」

『いただきます』と手を合わせ、あやは食べ始める。

「あの、大切な人って、ご家族ですか?」

夕餉に箸を付けながら、夕樹はに尋ねてみる。

「家族じゃないけど、家族みたいで、家族より大切な人達だよ。だから私はここがどんなに危険でも、ここで待っていなきゃならない」

静かに、自分自身の決意を確かめるように、少女は夕樹を見つめて話す。

薄暗い明かりの中で、は笑っているようでもあり、泣いているようでもあり。

「早く、貴女の元に来てくれると良いわね」

優しげに微笑み、夕樹はにそう言った。

「・・・そうだね。でも、長い間一人で待っているから、顔、忘れちゃったよ。私の記憶の中のあの人達はまだ、16のままだよ。8年たったから今は22か。会っても、解らないかもね」

夕餉は随分前に済み、あとは三人で取り留めのないことを話す。

囲炉裏の火を調節しながら少女は苦笑する。

「大丈夫だよ。そんなに大切な人なら、例えどんな姿になっても、忘れない。会ったらすぐに解るよ」

苦笑する少女を慰めるように、徹は明るくそんなことを話す。

「そぉ。それは良かった」

夕樹と徹に励まされ、あやは嬉しそうに笑う。

「二人に勇気付けられたよ。これであの人達が私に気が付かなかったら、食べちゃおうかな、鍋で煮込んで」

そう言い、くすくすと笑う少女はどこか掴み所がなくて。

夕樹と徹は互いの顔を見合わせる。

「あ。そうだ。二人とも、明日の朝、早いんでしょう?寝床は用意したから、好きな時に休んで良いよ」

あやの表情は一瞬で変わり、今度は人懐こい笑みで二人を寝床へと案内する。

「飲み水は、外に井戸があるから、それを使って。私は隣の部屋にいるから、用があったらいつでもどうぞ」

火を緩く燃やしたまま、あやは隣の部屋へ行き、

徹と夕樹も主がいない炉端にいる理由もなく、寝床へと向かう。









「あのコは誰を待っているのかしら」

暗い部屋の中。

布団を二組並べて。

眠りに付くまでの短い時間の中で。

二人はの話しをする。

「会えると良いな」

徹も夕樹もを自分達の幼馴染みに重ねていた。

短い付き合いだが、

あやは、

明るくて、強気で、親切で。

徹と夕樹を置いて村を出て行ってしまった華によく似ていた。

「華は、どうして出ていったのかしら」

ずっと、三人でいられると思っていた。

「さぁな」

ずっと、一緒にいられると思った。

「私達が嫌いになったのかしら」

ずっと、仲良くしようねと約束した。

「解らないな」

ずっと、一緒にいようと誓った。

「逢いたいね」

今でも待っている。

「俺は、解らない」

今でも・・・

これからも・・・

「もう、寝よう」

話しを打ち切るように、徹は布団を被る。

「明日も早い」

「そうね」

夕樹も布団を肩まで持ち上げ、目を閉じる。

外は風もなく、ただ金色の満月と控えめに光る星だけが存在していて。

一人で眠っていたあやは起きあがり、静かに外へと向かった。








「ずっと、待っていたのよ?貴方達を、貴方達だけを」

静寂に包まれた夜に響くのは

「気付いてくれないなんて、酷いわ」

少女の声。

風が吹く。

草の擦れ合う音が、響いた。

虫の声が、途切れた。

「そろそろ、代償を払ってもらおうかな」

そう呟く声は先程とは打って変わり、

とても冷たい。

「あの二人を襲った罪はとても重い」

月の光を受けて微笑む姿はとても

妖しく。

あやは静かに歩き出す。

たった一振りの真剣を持ちながら。










「・・・、う・ん・・・」

何故か目が覚めた。

起きあがり、隣で眠る女を見つめる。

大切な人と言える存在。

村に帰れば夫婦となり、生涯をともに過ごす。

不満があるわけではない。

眠っている女は自分の幼馴染みであり、

今は許嫁だ。

愛しく思う。

でも、

どこかで、

躊躇っている。

もしかしたら、

自分はまだ、

諦めていないのかもしれない。

過去に愛した少女のことを。

「・・・水・・・」

喉が渇いた。

外の空気が吸いたかった。

布団を抜け出し、外へ出る。

冷たい夜風が頬を撫でる。

大きな満月が辺りを控えめに照らし出している。

信じられないものを見た。

「何で・・・」

夜風が運んでくるのは噎せ返る程の血の香り。

目の前の光景に言葉を失う。

十数人の男達が血を流して倒れている。

頸が落とされ。

心の臓を抉られ。

・・・無惨な姿で、地面に横たわっている。

「貴方達を襲ったからよ」

真剣を握ったまま、少女がゆっくりと青年の方へ振り向く。

桜色の着物が紅く染まり、

手や顔にも血しぶきを浴びていた。

・・・目の色が、血より、紅い。

「殺したのか?」

「殺したわ」

まるで、会話を楽しむように笑いながら話す少女に寒気を覚える。

「・・・人を殺すのって、意外と簡単なのよ?ただ、躰に刀を突き刺したり、首を斬るだけで、死んじゃうの。本当に人って、脆いのね。貴方も、すぐに死んじゃうの?」

すぅっと、刀を向けられる。

月の光の中で少女の紅い目が猫のように細められる。

「お前は、何者なんだ?」



ヒトデハナイ。



そんな声が頭の中で響いている。

「わからないの?」

笑いながら、少女は問いを返す。

「わからないの?酷いね。あぁ、でも、忘れたくもなるよね。昔に遊郭に売った女のことなんか」

刀が首筋に押しつけられる。

「久しぶり、徹。元気そうで何よりだわ」

そう告げ、笑う姿は、八年前に自分達の前から姿を消した華そのもので。

「まさか、でも、そんな」

あり得ない。と理性は目の前の少女の存在を否定している。

しかし、心は。

心は理性を否定している。

目の前にいるのは、紛れもなく、華だと、目の前の少女を認めている。

「夕樹と夫婦になるんだね」

ぽつりと少女の口からこぼれ落ちた言葉。

「だから、私を遊郭に売ったのね。私が、邪魔だったから。夕樹と一緒になるために」

・・・華は刀を徹の首に押しつけながら、なお、言葉を重ねる。

「私と約束したのは、私を売り飛ばす為の策だったのね。ねぇ、あの後、私がどうなったか、知りたい?」

笑ったままの表情だというのに、声をどこまでもどこまでも冷たい。

「あの後ね、遊女として、働いて、病を患って、あっさり捨てられたの」

同じ顔だというのに、今の華の顔は徹の記憶にいる華とは明らかに違っていた。

「売られて、捨てられて。でも、私は、ずっと、ずっと、信じていたの。夕樹と、徹の事を」

首に押しつけられていた刀は人の体温を奪い、熱を持つ。

「私を売ったのは、何か事情があるから。でも、いつかきっと、迎えに来てくれる。きっと、会えるって。それだけを支えにして、生きてたのに」

『貴方達は、来てくれなかった』


「私は、捨てられた」

「家族のように想っていた人達に」

「家族以上に想っていた人達に」

「一人で苦しんで、苦しんで」

「それでも、諦めきれなくて」


「信じていたくて」

「ずっと、ずっと待っていたのに」

「この身が人でなくなったけど。それでも、会いたくて、待っていたのに」


「貴方達は、裏切ったのね」


華の一言一言に毒が混じる。



「私に気付いてくれなかったら喰べてしまおうか・・・って言ったわよね?」

少女の黒い目に射抜かれる。

「本当に、喰べようかしら?」


刀を握る手に力がこもる。

皮膚が裂かれ、ゆっくりと血が滲む。

呆然と自分を見つめている青年に笑いかける。

「私の、源氏名は。・・・彩る、女。でもね、今は、殺める、女」

青年の頸から刀を外す。

流れる血に手を伸ばし、

その手に温かい血を受ける。

「意外と、おいしいのよ?」

掌で受けた血を、舌で舐め取る。

その姿は、ヒトでは無く、



『鬼』



「私は、貴方達を殺す為に、生きているの。だから、死んで?私に、殺されて?」

風が、吹いた。

束ねていない、少女の黒髪が、風に流される。


「華」



ずっと沈黙を保ち続けた徹の声。

名を呼ばれ、少女の視線が徹に注がれる。


「俺は、お前を売っていない」


静かな夜に静かな声が響く。

少女は無表情のまま、青年を見つめる。

「俺は、お前を売っていないんだ。売るわけ、ないだろ?だって、俺は」

「今更、言い訳なんか聞きたくない!!」

少女は叫び、手にしていた刀を地に叩き付ける。

かしゃん。という金属音が響く。

「徹も夕樹も私が嫌いだから、邪魔だから売ったんでしょう?!夕樹は地主の娘で、徹の家は代々酒を造っている。家柄も釣り合って、丁度良いものね!」

表情から笑みが消え、冷たかった声に熱が籠もる。

やっと、少女らしいと言える姿になったことに徹は安堵を覚えた。

「私なんか、親も死んで、一人で、何の取り柄もなくて、小さな畑と裁縫で生活していて。夕樹や徹みたいいに、先が見える仕事なんて出来なくて・・・!!!」




『妬ましかった』

そう。

羨ましかった。

妬ましかった。

恵まれていて。

なんの心配もなく、生きることが出来て。

先が約束されていて。

そんな感情が自分の中にあったことを、今更のように実感した。


「私なんかよりも夕樹と一緒になった方が良かったんでしょ?そっちの方が、楽できるし、幸せになれると思ったから、私を売ったんでしょ?!」

自分さえ、気がつかない想い。

ずっとため込んでいて。

ずっと言えなかった想いが一気に流れ出る。

「華、だから俺はお前を売っていないんだよ」

やっと、少女らしく、感情をぶちまけた華に静かに声をかける。

目の前にいるのは、『殺女』ではなく、『華』だと、徹は感じ取っていた。

「頼むから、話を聞いてくれ。聞いて、それでも信じれないなら、俺を殺したって良い」

目の前にいる少女が『華』なら。

誤解されたまま、殺されるよりも、

全てを話して、それから殺されたほうが、まだ、良い。

「俺はお前を売ったりなんかしていない。俺は、お前が俺に嫌気が差して、村を出て行ったと、聞いたんだ」

「そんなこと!!」

「俺だって、お前のこと、探したさ。説得して、連れ戻そうと、それだけを考えて。探したけど、見つからなくて、その内親父が躰を壊して、家を継ぐことになって・・・。お前を、諦めなきゃ、駄目になった」

家を継ぐ為には、嫁を貰う必要があった。

そんな時、夕樹の父親から、声がかかった。

「夕樹のことは、嫌いじゃなかった。お前がいなくなって、夕樹は寝込んでしまって、だから夕樹の親父さんはよく知っている俺の嫁にと、言ってきて、俺は、承諾した」

夕樹の事は嫌いじゃない。

大切な幼なじみだから。

でも。

どこかで。

「どうしても、お前のことが忘れれなくて。ずっと、このままで良いのか、迷っていた」

だから。

「夕樹と一緒になる前にお前を探しに来たんだ」

もし、見つかったら、連れ戻して、一緒になりたかった。

もし、見つからなかったら、今度こそ、諦めるつもりだった。

「見つかって、良かったよ」

明るい笑顔を華に向ける。

「どんな姿であっても、華が生きてくれて、良かった。俺を嫌って出て行ったんじゃなくて、良かった。・・・俺を、信じてくれて、待っていてくれて、嬉しいよ」

嫌われたと思っていた。

だから村を出て行った。

夕樹が、手助けをして。


「俺はお前と夕樹が羨ましかった」


「いつも一緒にいて。いつも庇い合って。俺なんか、お前達の間には入れなくて。お前達の仲は俺を不安にさせていたよ」

手を伸ばす。

別れた時と同じ姿の少女の頭を撫でる。

「逢えて、本当に嬉しいよ」

肩に触れる。

華はされるがままに、動かない。

ゆっくりと、躊躇いながら、抱き締める。

「華。一緒に暮らそう」

八年前に、華に告げた言葉をもう一度、告げる。

「人じゃなくても良い。華が華でいてくれるなら、それで充分だから。今度こそ一緒に暮らしてくれ」

一度は諦めた。

でも、今、目の前に。

愛した少女がいる。

例え、華が鬼でも良い。

「華」

「・・・、私は、売られたの。それをずっと徹と夕樹が売ったんだと思っていた。でも、違うの?」

呆然としながら、少女は尋ねた。

「私を売った男達は、村の地主が私を100文で売ったって・・・。でも、違うんでしょう?徹も夕樹も売ってないんでしょう?じゃぁ、私は、誰に売られたの?」

ずっと、幼馴染みの夕樹と徹に売られたと思っていた。

でも。

徹は売っていないと言った。

その言葉に嘘はない。

徹は、こんな時に嘘をつかない。

「・・・俺は、地主様から、華が村から出て行ったと聞かされた。旅商人の後を追ったと」

ずっと、裏切られたと思っていた。

約束していたのに。

約束したのに。

でも、

華は裏切っていない。

信じてくれていた。

待っていてくれた。




「・・・私は、人じゃない。もう、人じゃないのよ・・・。鬼なの。人を喰らう鬼なの」

生きたかった。

死にたくなかった。

自分を売った人を知りたかった。

知って、復讐してしたかった。

大切な人達が裏切っていないと信じたかった。

だから、遊女としても生きて行けた。

希望を持っていたから。

でも、病を得て、捨てられて。

もう、憎しみしか心になくて。

大切だった人達を恨むことしか出来なかった。

たった、一人で遊女の墓場に寝かされて。

ゆっくりと、

死への恐怖を味わいながら、

大切だった人達を

怨んで、憎んで。

そうすることで、消えかけていた命を燃やしていた。

そうしたら、

「遊女の霊が、私に話し掛けたわ」



『恨みを果たすなら、お前を生かしてあげる』



彼女達の声は、とても哀しくて、寂しくて。



『私達の悲しみを』



『私達の憎しみを』



昔、愛した人に裏切られた想い。

身を売られることの辛さと悲しみ。

愛していない人に抱かれることの苦痛。



『お前が全て引き受けるのなら』



それが、全て流れ込んで来た。



『鬼となり、人の肉を喰らい、生きる覚悟はあるか?』



彼女達の誘いは



『鬼になる、覚悟はあるか?』



彼女達の代わりに復讐することでもあって。






『愛した男を手にかける覚悟はあるか?』






「私は、応じたの。鬼となり、人を喰らい、徹と夕樹を殺す為だけに生きていた」


大切だった人を殺すためだけに待ち続ける。

心が壊れてしまいそうなくらい、辛いことだった。

「それでも、良い。それでも、良いから。どうか、俺と生きてくれ」

抱きしめながら、徹は必死に語りかける。

「・・・生きたかった。でもね、出来ないの」

徹の、言葉に泣きそうになりながら、それでも、華は笑おうと努力する。

もう、彼女は自分の結末を、知っている。

徹と夕樹を殺す為に、鬼となり、人を喰らい、生きていた。

遊女達との約束が果たされなかった今、

「私は、今度こそ、死ぬの。だから、ごめんなさい。徹と、生きられない」


声が、震える。

我慢していた涙が溢れる。

やっと、出逢えたのに。

本当のことを知ることが出来たのに。


「大好きだよ、今でも。ずっと、好き。私を探してくれて、嬉しかった。逢えて、幸せだった。まだ、私を好きでいてくれて、本当に、泣きたいくらい、嬉しかった」


体を離して、徹の顔を見上げる。

「こんなこと、言ったら怒られそうだけど」

泣きながら、

笑いながら、

言葉を懸命に紡ぐ。

「私、鬼になって、良かった。あの時、死んでいたら今の徹に会えなかったから」


たとえ、この瞬間が一夜の夢幻であっても。

恨んでいた。憎んでいた。殺してしまおうと思っていた。

 でも今は、彼に会えたことに感謝している。

 最期に、愛している人に会えた。

 この先自分を待っているものは地獄だけれど、それでも構わないくらい、幸せだった。

「徹、どうか、夕樹と幸せになってね」

「なれるわけ、ないだろ・・・」

力無く、呟く徹は華が地面に叩き付けた刀を拾う。

「お前が死んじまうのに、幸せになれるわけ、ないだろ?」

刀を握りながら、徹は小さく笑った。

「華、お前が地獄行きなら、俺も付き合う。・・・俺がお前を殺すから、そうすれば、俺も、一緒に逝ける」

「・・・馬鹿?」

呆れて、ものが言えない。

約束された幸せな人生よりも自分と地獄に堕ちると言う彼。

「そんなコト、お前はとうの昔に知ってるだろ?」

華の手を握り、抱き寄せる。

自分を見上げる少女がとても愛しかった。

紅い目も、よく見ればとても綺麗だった。

「その目、結構好きだな、俺」

「血の色よ?」

「そうだな。でも生きてる証だろ?」


「徹の好みって、解らないわ。どこかずれてる」

「お前を愛したんだ。ずれてない」


「馬鹿」

「知ってる」


「愛してる」


「それも、知ってる」


「ずっと一緒にいて?」


「勿論」



刀を強く握る。

互いの体を離す。

華が、微笑み、

腕を広げた。

徹は刀を

華に向け、

その

ヒトではない躰に

埋め込んだ。

鈍い感触が手に伝わる。

刀を引き抜くと

血の香りが当たりに漂い、

華は微笑んだまま

徹に倒れかかり

徹はその躰を

力一杯抱きしめる。

そして

少女の躰を抱きしめたまま、

 刀を自分の躰に突き立てる。

 鈍い痛みとともに、血が流れ出す。

 それでも少女の躰を抱きしめ、

 少女の微笑みを残した顔を目に焼き付け、

 彼も微笑みながら、目を閉じた。







 後に残ったのは夜盗達の死骸と

 一組の男女の死骸。

 そして、一人の女の姿。



「やっぱり、私は仲間外れなのね」

夕樹は微笑みながら死んでいった二人を見下ろす。

 ・・・今でも思い出せる。

 華と徹はいつも一緒で。

 いつも自分より先を進んでいて。

 置いて行かれないように必死になっていた。

 自分を見て欲しくて。

 自分を構って欲しくて。

 具合の悪い振りをして二人に心配させて。

 二人がいないと何も出来ないようになって。



 ずっと、三人でいたかった。

 ただ、それだけなのに。



「俺と、一緒にならないか?」

 村の神社の境内で。

 徹は今までにないくらい真剣な表情をしていた。

 華は今までにないくらい幸せそうな表情をしていた。

 あぁ、また置いて行かれる。

 そう、思った。

 あの二人はいつも一緒。

 私はいつも一人。

 それがとても寂しくて、辛くて。

 喉の奥が苦しくて。心が壊れてしまいそうだった。

「二人が悪いのよ。私を仲間外れにするから」

 華に、徹が村の外れで待っていると伝えた。

 徹には、華が旅商人を追って村を出て行ったと伝えた。

 すこし、時間がたったら、徹と二人で華を迎えにいこうと考えていた。

 二人に一人になる苦痛を味合わせて、そうすれば、私を一人にしなくなる、そう思っ た。

 だけど、誤算だった。

 華は、予定していた場所に売られなかった。

 華の行方が追えなかった。

 大切な人を失った衝撃は大きくて。

 私は体調を崩してしまって。

 華を探すことが出来なくなった。

 その内に、徹との縁談の話が持ち上がって。

 私は徹と一緒になりたかったわけじゃない。

 ただ、三人でいたかっただけ。

 だから。

 一緒になる前に、華を探しに出た。


「私は、気付いていたのよ?が華だって」


二人の前に膝を付く。

 忘れるわけ、ない。
 彼女は自分にとって、大切な人なのだから。


「ずっと、三人一緒にいましょうね」



夕樹の手が、

二人の躰に伸びる。

「まだ、温かい」


白い手が、赤く染まる。

血を

啜る。


「どこにも行かないで。一緒にいて?」


肉を

喰らう。

「地獄になんか、逝かせない」

離れるのは嫌。

やっとの思いで見つけた。

手放すなんて、ありえない。

「食べちゃえば、私の中で、生きていられるわよね?」

だって、約束したのよ?

ずっと、三人でいようねって。

だから。

私が食べてあげる。

そうしたら、

いつまでも

いつまでも

三人一緒にいられるから。

くすくすと笑い声が静かな夜に響いた。




END







後書き?

  長いですよね。最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございました。
  ええっと、このお話は、友人が「コレを台にして、書いて」と、あるお話しを持
  って来たのがきっかけですが、基になった話しとは全く違うものができあがって
  しまいました。・・・ごめんなさい。
  一応、怪談のつもりです。
  一番の黒幕は夕樹ですね。でも彼女は純粋に三人が良かっただけなんです。
  現代でも言えることですが、三人って結構バランスが悪いですよね。他の二人が
  自分抜きで何かをしていると、不安になったり。夕樹はそれが極端なんです。
  何かに執着することは良いことですが、心のバランスだけは崩したくないです。
  最後に、ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。





NOVEL
















PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル