それは遠い昔。
遠い国のどこかの海での物語り。
誰も知らない南の海で大きな嵐が起こりました。
たった一人で海に棲む人魚は生まれて初めての嵐を見に行くことにしました。
海の中はぐるぐると渦巻いていました。
初めに人魚の目に映ったものはキラキラ光る宝石たち。
暗い海の中での宝石たちは夜空に浮かぶ星のようです。
海の底の砂の上に落ちても控えめにきらめいています。
次に目に映ったものは、人。
海の渦に巻かれてくるくる回りながら海の底へと落ちていきます。
若い人。若くない人。
男の人。女の人。
いろいろな人がくるくる回っています。
人魚は一人の少女の手を取り、一緒にくるくる回ってみました。
少女の髪ふわふわ広がります。
少女の表情は虚ろで、とても冷たい体をしていました。
人魚は海の上に辿り着きました。
海の外に顔を出してみます。
大粒の雨が人魚の体に打ち付けます。
強い風が人魚の髪を乱します。
空が夜のように暗くて。
空から大きな音が落ちてきます。
怖くなった人魚はトプンと海の中に戻ります。
海の中はとても静かです。
宝石も人も海の中に吸い込まれていき・・・
一人の少年を見つけました。
虚ろな青い目。
自分と同じ色を持つ少年。
短い栗色の髪が揺れます。
人魚は少年の手に触れます。
冷たい手です。
人魚は少年を海の底へと連れて行きました。
そして。
少年を透明で大きな宝石に閉じ込めました。
小さな魚が大きな宝石を不思議そうにつつきます。
大きな魚が宝石にぶつかります。
それでも少年は目覚めません。
大きな宝石に閉じ込められた少年は
生の象徴である太陽の光を浴びても
死の象徴である月の光を浴びても
決して目覚めませんでした。
それでもたった一人の人魚は毎日少年に会いに行きました。
少年の傍で歌うのが、とても好きでした。
少年を見つめると、とても幸せになりました。
百年がたちました。
少女だった人魚は女性へと成長していました。
百年の時が流れても、少年は目覚めませんでした。
しれでも。
人魚は少年のもとへ行きます。
毎日毎日少年を見つめました。
自分と同じ色の目を見つめていると、
恥ずかしくなりましたが、とても幸せでした。
そして。
また百年がたちました。
若かった人魚は年老いました。
少年は二百年たっても目覚めません。
少年はずっと少年のまま宝石の中にいます。
人魚は年老いた自分がとても哀しくて。
本当は少年の傍にいたくないのに。
でも。
逢いたくて。
切なくて。
哀しくて。
人魚は少年の傍で静かに泣きました。
人魚が流した涙は真珠となり、
砂の上に落ちるとサラサラと崩れていきました。
ある日。
人魚は自分にもう泳ぐ力も無くなってしまったことに気浮きました。
人魚は魚たちに頼んで、少年のもとに運んでもらいました。
ぽろぽろと、人魚は静かに静かに泣きました。
宝石に触れ、少年を見つめます。
それでも。
少年は目覚めませんでした。
次の日。
人魚はたった一人で永い永い眠りにつきました。
宝石の中の少年は目覚めません。
でも。
少年はたった一粒だけ、涙を流しました。
広い広い海に棲むたった一人の人魚は少年に恋をしました。
ずっとずっと少年の目覚めを待っていました。
宝石の中の少年はずっとずっと願っていました。
いつか、人魚と触れ合えることを。
人魚とまた、見つめあえる日々を、少年はたった一人で願い続けます。
少年の願いが叶う日は、
少年を閉じ込める宝石が壊れる日。
少年は今も静かにたった一人で
願いが叶うその瞬間を待っています。
それは遠い昔。
どこかの海で今も続いている物語。
NOVEL