「あら、本当に攫ってきたのね」
四人が野宿していた場所から約20キロ程離れた場所にある街の、少し高めの宿屋。
そこの離れで優雅に紅茶を飲んでいるマリアと、そのマリアをボーっと見惚れているクレト。
「任務だからな」
「…それ、お姫様抱っこ、ですよね?先輩」
彼はベルグが『θ』を本当に攫ってきたことでも、ドアを足で開けたとこでもなく、少女の抱き方に驚く。
「この抱き方しか思いつかなかった」
憮然としながらも、彼は答え、θをベッドに寝せてやる。
「ベルグらしいわね。とても」
くすくすと笑いを零しながらマリアは眠っているθを覗き込む。
「…寝顔は可愛いわね。子供らしくて」
普段が無表情なだけに、寝顔は年相応の少女に見える。元が良いんだからもう少し笑えばいいのにと、マリアは密かに思う。
額に手を当て、θの体温を測る。
「異常はないみたいね。…って、、気が付いた?」
「ここ、どこ?」
どこか、焦点の合わない視線。
「ドイルの宿の一室よ。気分はどう?痛いトコロはない?ベルグは乱暴だから…」
「へぇ、知らなかった。先輩って、乱暴だったんですね」
「…乱暴なの?」
「…お前等…」
焦点の合い始めたθの第一声。
マリアとクレトは小さく笑い、ベルグは憮然とした表情を濃くする。
「念のため、脈測るわよ」
少女の手を取り、
「あら?貴女、何か武術をやるの?手…」
θの掌の豆と少女にしては固い指を見て、心底意外そうにマリアは尋ねる。
「一人で歩いても大丈夫なようにって。ねぇ、私は殺されるの?」
ただ、無邪気に、そう問いかける。
部屋の空気が固まる。
「どうして、そんなこと…。俺達は君を殺したりは、しないよ?」
躊躇いがちに、θに言葉をかける。
「どうして?私の中の魔物を消すには、私を殺すしかないのに」
本当に不思議そうな表情で問われ、クレトは答えに詰まる。
「…クレト。任務は成功したと、上司に連絡してくれ。マリアは帰還ルートを確認し、必要な物を揃えてくれ」
「…分かったわ。クレト、行くわよ。二人きりになりたいみたいだから」
「はい。先輩、女のコ、苛めちゃ駄目ですよ」
ベルグの、まるで自分達を追い出すような依頼にも、快く応じてくれる。
それには感謝するのだが、一言多いのが玉に瑕だ。
バタンと、ドアが閉められると、部屋に残るのは二人だけ。
「ベルグ」
ベッドから降り、θはトコトコと、ベルグの前に立つ。
「…何だ?」
椅子に座っている分、自分より視線が高くなった少女を見上げる。
「私、苛められるの?」
どうやら、この少女は人が言った言葉を鵜呑みにし、信じる傾向があるらしい。
多少、脱力しながら、
「…苛めないし、殺さない」
と、言ってやる。
「それより、泣かないのか?」
「どうして?」
不思議そうに、ベルグを見つめる。
「敵に誘拐されたんだ。普通、泣くだろ?」
「私、普通じゃないもの。…泣いた方が良いの?」
「いや。泣かれると、困る」
「じゃぁ、泣かないわ」
「そうしてくれ」
溜め息とともに呟かれた言葉。
「魔物、どうやって従わせたの?魔物を使えるのは、αしかいないのに」
悪意なく、本当に、純粋に尋ねられると、正直に答えたくなってしまう。
それが、重要機密事項だとしても。
頭のどこかで、この少女なら、話しても構わないだろうと思っている。
「…魔物が発する特殊な音があるのは、知っているな」
θは、魔物を操る事が出来る兄を持っている。
ある程度の知識は持っているだろうと、勝手に思い、話しを進める。
「知ってるわ。みんなそれぞれ違う音を持ってるんでしょう?」
勝手な思い込みは意外と正しかったらしい。
話しが進みやすく、安堵する。
「その音には、共通点があり、それに共鳴する音を魔物に聴かせることで、魔物を従わせることが出来る。開発部が、それを可能にする装置を作り出した。まだ実験段階で上手く使えるかどうかは、解らないがな」
「…私の制御装置と似ているのね」
ポツリと、そんなことを呟き、θは青い石のペンダントに触れる。
「これね、中身が石じゃないの。沢山の機械で作られた、制御装置。これがあるから、私は、私でいられるの」
そのペンダントはとても深い青の色を持ち、精密機械で出来ているとは思えない。
「私は、いつまで『私』でいられるの?」
少女の問いはとても単純で。
その分、とても重い。
「私を殺そうとした人は沢山いたけど、私を捕まえようとした人は貴方達が初めてよ。…貴方達に捕まった『私』はどうなるの?私は、『私』のままで、いられるの?」
今までの様に、表情を変えることなく、問われる。
そこで初めて、少女の抱えるモノを理解した。