「別に構わないわよ?」
「ま、傷が残らない程度にしてやるよ」
一呼吸おいて、走り出す。
「馬鹿ね」
彼女の苦笑。
鞭が永禮を襲う。
紙一重で攻撃を避けてみるが、彼女の鞭は止まらない。
「なぁ、姐さん。鞭の特性、勿論知っているよな?」
たった一撃で大地を抉る威力。まともに喰らったら皮膚や肉だけでは済まされない。恐らく、骨を、打ち所によっては内臓まで達するだろう。
「狙った対象を打つ時、一瞬だが、その対象に巻き付くんだ。これって、敵を捕まえるのに効果もあるけど、意外と弱点にもなるんだよな」
剣を素早く納め、自ら鞭の攻撃範囲に飛び込む。
「つまり、こういうことだ」
真正面から鞭を迎える。
ぎりぎりの判断で自身の体ではなく、鞘に納めた剣を打たせる。
鞘に鞭が巻き付く。
咄嗟に鞭を引こうとする彼女よりも早く永禮は彼女の懐に飛び込む。
「っ・・・!」
「俺の勝ち」
鞘の付いたままの剣を首筋に押し付ける。
「どうする?まだやるか?やるっていうなら、姐さんが少しでも動いたら鳩尾に柄入れて、気を失ってるうちに怪しげなトコロに売り飛ばすけど?」
鞭はまだ永禮の剣に巻き付いている。
動きたくても、永禮の身体が彼女に密着している所為で動けない。
「・・・降参よ」
悔しげに呟く声。
「素直でよろしい」
満足そうに笑い、永禮は鞭を奪い、彼女を話す。
「悪いけど、獲物は返せない。コレ意外と面倒な武器だからな。大人しくα達の戦いでも見ていてくれ」
そうして、あっさりと背を向け、Σ達の元へ向かう。彼女の武器は奪い、先程間近で身体付きを見たが何らかの武術を嗜む形跡もない。
彼女はもう何も出来ない。
そう、判断する。
「永禮、お疲れ様です」
この、自分に向けられる極上の微笑みのために頑張ったと言っても過言ではない。
「怪我はありませんか?」
「無傷です。αはどうなりましかた?」
『あちらで戦って居ます』と、Σは前方を指差す。
「へぇ、銃か。意外とやるみたいですね」
辺りに響く銃声。
そして、αの魔法が起こす爆発音。
「そろそろ、銃弾が無くなるんじゃない?」
「お前こそ、息が上がっているようだが?」
互いの領域を守りながらの戦い。
αは正確すぎる射撃の腕前に苦戦し、男はαの魔力の大きさに苦戦する。
「こんなに戦って、無傷でいる奴、初めてだよ」
杖を握り直す。
息は上がっているが表情は余裕の笑みを浮かべたまま。
「でも、何があってもθは渡さない。ここでお前達を殺しておけば、当分は静かだよな」
「残念だが、俺達の目的はお前ではない。マリア!!解除しろ!!」
「了解!」
「何を・・・?」
初めてαに焦りが生じる。
「永禮!彼女から奪ったものを捨てて下さい!!」
異常にいち早く気付いたのは、Σ。
彼は目が見えない分、感覚が鋭い。
「何なんだ?!一体!!」
Σに言われた通りに奪った鞭を可能な限り遠くへ投げ飛ばす。
「遅いな」
辺りに満ちるのは、目も開けられないような強い光と、耳が壊れてしまいそうな爆発音。
Σ意外は光と音に襲われ、Σは常人よりも鋭い聴覚に襲われる。
一瞬、αの注意が逸れる。
永禮は剣を抜けず、Σもθから手を離してしまう。
予め、耳栓と遮光グラスを準備していた彼は迷うことなく、θの肩に触れた。
「・・・誰?」
緊張感のない、少女の声。
「一緒に来て貰おうか?」
抵抗する素振りを見せないθ。
ただ、
「あなたと一緒にいたら、あなたは私の魔物に殺されてしまうわ」
と、呟く。
「上司の命令だ」
「殺されてしまうのに」
「どうせなら、今ここで、殺してあげようか?」
「・・・随分と早い回復だな」
男の背中に当たるのはαの杖。
「残念ながら、オレは普通の人間じゃない。θもオレと同じだから、光も音も効いていない」
「少し、侮りすぎたか」
小さく舌打ちをして、θから手を離す。
「今回は見逃してあげるよ。久々に焦らせて貰ったから。でも、次はオレも油断しない」
αはθを引き寄せ、自分の背中で庇う。
「今なら、Σも永禮も追わない。さっさと逃げたら?クレイズのお二人さん」
「そうする。マリア、行くぞ」
「良いの?」
訝しげな表情で尋ねてくる彼女に男は頷く。
「あぁ、こいつ等が普通でないことを知れただけで十分だ。次はこちらも本気で行く」
「期待してるよ」
αは笑みを浮かべ、そう告げる。
「・・・あなたのお父様、とても良い人ね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「θ、Σ達の所に行こう。心配しているから」
二人に背を向け、まだ回復していない、仲間の元へと向かう。
「一筋縄ではいかないようだな」
少年と少女の背中を見送りながら小さく呟く。
油断していた。
安易に触れるべきではなかったと、後悔する。
「どうするつもり?」
「任務だ。遂行するまでだ。行くぞ、上司に報告する」
二人が視界から消えてから、足を進める。
「面白くなりそうだ」
いままで、自分とまともに渡り合えた人物はいない。
マリアから鞭を奪った青年の剣術も、自分の相手をした少年の魔力も、かなりのものだ。鞭の存在にいち早く気付いた盲目の青年もかなりの武術の腕前らしい。
そして、『θ』
触れられた対象の記憶を読むことが出来る特殊能力の持ち主。とてつもなく大きな魔物を抱え込んでいる少女を欲しがる上司の気が知れない。
しかし、上司の命令には従わなければならない。
父が、最期まで仕事を誇りとしたように。
最期まで上司を信じたように。
自分も、父のように信じたもののために生きていきたいと願う。
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