「では少年を始末すれば良いではないか」
『始末』という言葉は軽く口に出してはいけない言葉。
相手を『始末』することは、『始末』した人物の全てを自分が引き取ることになるから。
「では、『θ』の動きを止めれば良い。少年等が『θ』を足手纏いに思い、置き去りにする程度にな」
『足手纏い』
『置き去り』
あの、少年が、少女を見捨てるはずない。
例え自分が死ぬことになっても、少年は少女を選ぶ。
それに、少年の足手纏いになるくらいなら、少女は自ら俺達の手に落ちて来る。
互いをとても大切にしている二人。
上司が考えているような、単純な子供ではない。
「上からの通達だ。早く『θ』を捕獲しろとな」
『捕獲』
対象が違う。
少女は人間だ。
感情のある、人間。
「構わない。『θ』がどんな状態だろうと、こちらは一切構わない。ただ、生きていればそれでいい」
ただ、生きていればそれでいい。
それは、彼女の人格をすべて無視していること。
彼女は『魔物の器』としか、見ていない証拠。
冷たい怒りが湧く。
いつもなら、怒鳴るなり、殴るなりしていた。
しかし。
身体が動かない。出てくるのは、
「・・・解かりました。早急に少女の身柄を確保します。あの装置の使用法が解かる人間を後でこちらに回してください」
という承諾の言葉のみ。
隣でマリアとクレトが息を飲んだのが解った。
通常ではない俺の行動に驚いている。
自分自身、何故こんなに冷静でいられるのか、解からない。
ただ、目の前が暗い。
いつも以上に視界が淀んでいる。
退室の決まり文句を言葉にし、部屋を出る。
マリアが何か叫んでいるが、聞こえない。
耳まで、おかしくなったらしい。
このまま身体が壊れていけば、任務から外れることができるだろうか。
「ベルグ!!」
「先輩!!」
マリアとクレトの声。
苛々する。
苛立ちに任せて、拳を壁に叩きつける。
鈍い痛みが腕まで響いてくる。
「止めてください!!先輩!!」
「手!!傷付けたら銃使えなくなるでしょう!?」
確かに、そうだな。
だが、もうどうでも良い。
だから、もう一度苛立ちに任せて壁を殴る。
「ベルグ!!」
マリアに腕を取られる。
「止めなさい!!」
「離せ」
こうでもしないと、感情がコントロール出来ない。
「離せ・・・!」
手を振り解く。
「ベル・・・!!」
歩き出した俺を止めようとする声。
だが、止まらない。
どこへ行くのかは、自分でも解らない。
ただ、ひたすら、歩く。
廊下にいた他の同僚達が驚いたように振り替える。
そして、慌てて、避ける。
廊下を抜け、中庭に出る。
冷たい風。
目に映るのは、くすんだ色の風景。
そんな景色を見たくなくて、目を閉じる。
『しろくて、まるくて、ふわふわしていて、あたたかいの』
目を閉じると、浮かんでくるのは先日出会った少女の言葉。
『ありがとう』
僅かにだが、微笑んだ顔。
『じゃぁ、今は?』
買ってやった菓子を持ちながら、不安げに尋ねる声。
『あなたが見えたから』
真っ直ぐに人を見つめる目。
『捕まえないの?』
不思議そうな、顔。
『ベルグ』
澄んだ声。
『θ、よ』
優しげな、そして、どこか嬉しそうな顔。
『またね』
笑みを浮かべ、手を小さく振る。
あんな小さな身体に。
大きな魔物を抱えて。
それなのに。
ただ、純粋に。
ひたすらに、純粋に。
何よりも誰よりも純粋に。
生きている。
それなのに。
『構わない。『θ』がどんな状態だろうと、こちらは一切構わない。ただ、生きていればそれでいい』
「ふざけるな!!」
冷めていた怒りが溶ける。
生きていればそれでいい?
どんな状態だろうと構わない?
「・・・ふざけるな」
彼女を傷付けろと?
俺に?
彼女を悲しませるのか?
彼女に恐怖を与えるのか?
俺が?
傷付けたくない。
悲しませたくない。
怖がらせたくない。
それなのに。
俺は彼女の敵だから。
「傷付けるしか、ないのか?」
あの、少女を。