白くて。

まるくて。

ふわふわしていて。

あたたかいもの。

それは                                                                            

もしかすると

『幸せ』のことなのかもしれない。

「あ」

窓の下を見覚えのある人が通る。

αは部屋で眠っている。

・・・遅くまで本を読んでいたから。

Σは宿屋の主人と交渉中。

・・・きっと節約のためね。お金は別に足りなくないのにね。

永禮はΣの隣で交渉を面白そうに眺めている。

・・・本当にΣの傍が良いのね。

つまり、現時点で私を構う人間は誰一人いない。

「・・・・・・」

ドアを開けてみる。

玄関までの通路に誰もいない。

玄関まで歩いてみる。

誰も止めない。

「おや、外出ですか?気をつけてくださいね。お嬢ちゃん可愛いから、知らない人に声か けられても着いて行っちゃ駄目よ。あ、外は寒いから上着着ていきなさいね」

宿の人は快く外へ出してくれた。

宿の人の言葉通り、上着を持ってきて良かった。

綺麗に晴れているのに、空気が冷たい。

Σから買って貰ったコートを着てきて良かった。

白くて。

ふわふわが沢山ついていて。

好き。

汚したくないから、あまり着ないようにしていたら、

汚れたらまた買ってくれるってΣが言ってくれた。

だから、着ている。

でも、汚したくないから、とても気を付ける。

外は沢山の人が歩いていて、賑やかで。

この街はとても古い歴史のある街なんですよって、Σが教えてくれた。

石畳の道。

少し汚れた民家。

いつもは隣に誰かがいて、その人の後ろを付いていくけれど、今日は誰もいないから自分で歩かなくてはいけなくて。

自分で好きなところを歩けるのは結構楽しいかもしれないと思う。

人が通る。荷物を持った人。忙しそうに走っている人。友達と歩いている人。隣にいる人と幸せそうに歩いている人。

「色々な人がいるのね」

今日初めて知った気がする。

「私のその中に入っているのかしら。私も『人』なの?」

声に出して呟いてみるが、誰も答えてくれない。

歩いている人は誰も自分を気にしていない。

もしかしたら、見えていないのかもしれない。

「私は普通じゃないから」

そっと、青い石を握る。

これが無いと、『私』ではいられない。

「でも、何が『私』なのか、わからないの」

人を見つめる。

みんな生きている人。

でも、私は?

私は魔物を封印するために造られた存在。私はただの『容れ物』。家族と永禮以外に私を私として見てくれる人はきっと、いない。

少しだけ、寂しくなって。

下を向いて歩く。




・・良い香りがした。

思わず、顔を上げてみる。

そこは小さなお店がたくさん並んでいるところ。

この街にはいって、初めに見た風景。

永禮は見たがったけど、αに蹴飛ばされて、諦めていた。

普通の道よりゴチャゴチャしているけど、

人がとても楽しそうで。

嫌いじゃない。

良い香りの元はすぐに見つかった。

竹で編まれた籠の中で蒸されている、私の知らない食べ物。

冷たい風が吹く中で、この白くて、まるくて、ふわふわしていて、あたたかそうな食べ物はたくさん売れていた。

私が今着ているコートみたい。

みんながいたら買ってくれたのに。

今は私一人だから。

私は、お金を持っていないから。

だから、見ているだけ。

買って行く人が、この食べ物を受け取った時の笑顔がとてもあたたかく感じた。

お金を貰ったお店の人もその笑顔をとても嬉しそうに見ている。

私も、こんな風に笑ったことあるかしら?

いつかは、こんな風に笑えるかしら?

白くて。

まるくて。

ふわふわしていて。

あたたかくて。

みんなが笑顔になるもの。

きっと、あの中には幸せの元が入っている。

『幸せ』がどんなものなのか、私には解からないけど。

少し、羨ましいなと思う。


お金もないのに、ずっと、ここにいたら、きっと迷惑だから、
私はここから離れようとして、

・・・転んだ。

いきなり方向を変えた私と、
私の存在を全く認識していなかった人とぶつかって、
明らかに、その人より力が弱い私が耐えきれなくて。

いつもなら転んでしまう前に誰かが支えてくれるけど、
今日は誰もいないから。

「・・・大丈夫か?」

聞き覚えのある声。

「大丈夫」

手を差し出されたから、その手を取って、立ち上がる。

「暖かいのね」

いつもしている手袋をしていないのに、
差し出された手はとても暖かくて。

「お前の手が冷たいだけだ」

それでも、この人の手が暖かいのは事実で。

この人の手と、目の前の白くてまるくてふわふわの食べ物が重なる。

「・・・欲しいのか?」

躊躇いがちに声をかけられる。

「ずっと、見ているな」

青と銀が混ざった色。

とても不思議で、とても綺麗。

αはこの人のこと大嫌いだけど。

私は大嫌いでは、ない。

この人の大切な人はとても優しいから。

「欲しいなら、買ってやる」

「良いの・・・?」

驚いた。本当に、驚いたから、あなたの顔を見つめてしまった。

「・・・安いからな」

私と目が合って、少し目線を逸らして。

それがちょっとだけ、悲しかったけど、

「いらないのか?」

と聞かれて、慌てて首を横に振る。

そんな私をみて、あなたは少しだけ、本当に少しだけ笑ったような気がした。

「何が欲しいんだ?」

「白くて、まるくて、ふわふわしていて、あたたかいの」

私はちゃんと欲しいものを伝えたのに、あなたはとても困った顔をして、もう一度

「甘いのが良いのか?」

と聞いてくれた。

だから

「おいしい方」

と答えたら、また困った顔をして。

私はちゃんと答えているのに、どうして?って思っていたらお店の人がくすくす笑って、

「白くて、まるくて、ふわふわしていて、あたたかくて、甘くて、美味しいのはコレかな。

 何個欲しいの?」

と聞いてくれた。

2つ」

と答えたら、小さな紙袋に入れて手渡してくれた。

「ありがとう」

受け取った紙袋はとてもあたたかくて。

とても嬉しかった。

「可愛い恋人ですね」

お金を払ってくれているあなたにお店の人はそんな言葉をあなたに掛けて。

「・・・ただの知り合いだ」

本当ね。『恋人』なんかじゃない。それに『ただの知り合い』でもない。

『敵』なのよね。

それなのに、私の欲しいものを買ってくれるなんて、変な人。

腕をとられる。そのまま歩き出したため、一緒に歩くことになる。

そうして私が連れて行かれた場所はお店の小さな中庭。

小さなテーブルとイスがあったから、私は座って、紙袋の中身を取り出す。

白くて。

まるくて。

ふわふわしていて。

あたたかい。

一口、食べてみる。

ほんのりと甘い生地。

そして、中身は餡子。

昔Σが作ってくれたお饅頭をあたためたらこんな感じになるのかしら。

それはとても美味しかった。

そんなことを思いながらもう一口食べてみる。

「………………」

熱い。

初めの一口があまり熱くなかったから。

今度は少し多めに食べてみた。

そうしたら。

熱くて、飲み込めなくて。

口元に手をやる。

「…大丈夫か…?」

少しだけ、口元を持ち上げて、可笑しそうに、でも、ちゃんと心配してくれる。

「…大丈夫」

頑張って飲み込んで、そう答える。

口の中を火傷するまでにはならなかったけど、今度から気をつけよう。

「気に入ったか?」

私の隣に座り、そう尋ねてくる。

「どうして?」

とても不思議だから、聞いてみたら、

「何が?」

と聞き返された。

「敵、なんでしょう?」

「その時がくればな」

「じゃぁ、今は?」

一瞬だけ、困ったように下を向いたような気がした。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「もう食べないのか?」

「あなたは食べないの?」

2つあるのに。

あなたの分なのに。

「貰う」

手を伸ばして、紙袋を取る。

少しだけ、紙袋から中身の覗かせて、一口、食べた。

「・・・甘い・・・」

餡子のお菓子だもの。

甘いのは当然よ。

一口食べて、しばらくは黙っていたけど、小さくため息をついて、また食べ始める。

あなたにとっては小さなお菓子だから、私よりも早く食べ終わって。

お店の人に飲み物を頼んだ。

「・・・一人なのか?」

飲み物を飲みながら、あなたはそんなことを聞いて。

「一人よ」

私は一人なのに。

どうして、わかっていることを聞くの?

「何故?」

「誰にも出て行くって教えていないから」

「何で外にいるんだ?」

「あなたが、見えたから」

本当に、それだけだった。

知っている人がいたから、一人で外に出た。

でも、あなたを見失って。

そして、この美味しいものを見つけた。

「俺はお前を狙っているんだが?」

知ってる。でも。

「今は、違うんでしょう?」

あなたが本気なら、私はもうここにはいない。

「このまま、捕らえられるか?」

「あなたがそうしたいなら」

こんなに近くにいるから、きっと逃げられない。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「『あなた』じゃない」

「え?」

少しの沈黙の後、あなたは諦めたように呟いた。

「ベルグ、だ」

『あなた』の名前。

「ベルグ」

声に出してみる。

そうしたら、少しだけ私と視線を合わせてくれた。

「・・・、もう戻れ。今頃過保護な兄貴とお前の仲間が血眼になって探しているぞ」

そうね。

きっと、みんなに怒られてしまう。

それに、全部食べ終わった。

「捕まえないの?」

もう一度だけ、聞いてみる。

とても美味しいものを買ってもらったから、少しだけならあなたに捕まっても良いと思った。

「今は、な。任務中ではないから」

「そう」

だから、いつもとは違う服なのね。

私はよく服のことはわからないけど、こっちの方が普通に見えて好き。

立ち上がる。

初めて、この人より高い目線になった。

「ベルグ」

名前を呼ぶと少し驚いたように顔を上げた。

名前を教えてくれたのはベルグなのに。

こんなに、近くに私がいるのに捕まえないなんて。

変な人。

「・・・何だ?」

「θ、よ」

名前を教えてくれたから、私の名前を教えてみる。

「そうか」

私みたいに声に乗せてくれない。

少しだけ、残念に思う。

「買ってくれて、ありがとう」

今頃になって、お礼を言っていないことに気づいて。

「あぁ」

『さよなら』はもう会えないことだけれども、この人は違うから。

ベルグは私を捕まえたいから。

また会うから。

「またね」

そんな言葉にした。

「あぁ」

あまり話さなかったけど。

でも、初めて、家族と永禮以外の人と一緒に外を歩いた。

宿に戻ったら、αにとても怒られて、Σに心配されて、永禮はαを宥めてくれた。

私の中には私が大嫌いな魔物が棲んでいるけれど、今日みたいに話が出来るなら、もう少しだけ笑ってみようかと思った。

今日はとても色々あって、久しぶりに、本当に久しぶりに楽しかった。






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